日蓮仏教の勉強 幸せに生きる為の方法を学ぶ

法華経を中心に仏教の勉強をしています















一日一話

自由の真実を知りましょう

「捨てる」ということは 「何物にも依存してい」 ということです それは単に ものに頼らないことだけではありません 神であろうが 仏であろうが 全く 何物にも依存しない生き方なのです それが 真の自由ということです

適量を知れ

本を読むのは 喜びを感じるため 楽しみのためと 理解していれば リミットを守って 依存症にはなりません 飲まず食わず 本を読みっぱなしとはなりません 結果が出たら終わります 体を維持するために 食べているのだと 知っている人は 適量の栄養をとったとこ…

依存に気がつくことが一番大事

依存はいけないのでしょうか 依存は 完全に断つことができないことです そもそも 生きること自体が依存なのです だから 依存からは 決して逃れられません 怖いのは 依存に気づかないと 依存症に陥って 危険だということです 食べ物に依存すると 健康を壊しま…

依存に気がついてる人と気がつかない人の差

「これは依存なんだ」 「今自分は依存している」 とわかってやることと わかっていないこととは 大きく違います 依存していることを しっかりと理解していると やりすぎにはなりません 問題は起こりません 依存していることを 知らないでやる人は ますます依…

命がけでやるとは?

よく 「命がけでやります」 「必死でやります」 という人がいます では聞きます あなたは そのことに そこまで依存しているのでしょうか 本当に 命をかけるほど 価値のあることに 挑戦しているでしょうか 自分の依存症を 誤魔化してはならないのです

いいことも悪いことも依存した結果は・・・

お酒や賭けごとに 依存するのは 悪いと、決まってますが 「いいこと」 に依存していることがあります それはどうでしょうか 例えば ボランティア活動 平和活動 地域活動 などは、いいことです しかし いかに「いいこと」でも それに依存すれば やはり自分を…

人生の歯車

私たちが依存するものは 酒 金儲け 仕事 賭けごと おしゃべり テレビ など、限りなくあります 酒や賭けごとに依存するのが よくないことは、誰にでもわかります けれども、 ブランド 健康食品 読書 インターネット などに依存しているかもしれません それが…

依存症のキャリア(保菌者)

私たちは みんな何かの 「依存症」 にかかっていると言えます 今は依存症でなくても 次の瞬間に 依存症にかかることもあります いわば 依存症のキャリア(保菌者)なのです

お釈迦様はミニマリストだった?

完璧に勝利を得る道とは 「何かを得る道」 ではなくて 「ものから離れていく道」 なのです 離欲の道には完成があるのです 本当に充実するためには ものはいらないのです 足りないから満たそうとするのではなく、 ものがいらないということで 心を満たす道が…

人は体の奴隷であり心の奴隷である

自分の思うようには 心も体も動いてくれません 体は 「ああしろ、こうしろ」 と、自分に命令します 「はい、わかりました」 と、体の奴隷になって 従わなくてはいけません 心も命令します 「決して怒らない」 と言っても 怒るときには怒ってしまいます 「悩…

所有物に支配される自分

多くの人は、 「自分には子供がいる」 「財産がある」 「名誉がある」 「地位がある」 と思って、主人気取りでいるのです しかしよく見てください 「自分のもの」 と思っていても それによって、 自分が支配されているのです 自由が失われているのです 子供…

現世利益は苦しみに達する道

ブッダは この世は 「現世利益に達する道」 であり、それは 「苦しみの道」 であると説きました ブッダの示された道は 「現世利益に達する道」 ではなく 「涅槃(永遠の安らぎ)に達する道」です 利得を追っていたのでは いつまでたっても心の平安はありませ…

ずっと燃え続ける炎

私たちは 「あれが欲しい、これが欲しい」 「まだ足りない」 と走り回っています 欲を満たしたかと思うと またさらなる欲が出てきます いつまでたっても 満たされる事はありません まるで ずっと燃え続ける炎のようなものです 欲を満たそうとする事は 燃え続…

足るを知る

私たちが苦しむのは 欲が多いためです 欲に振り回されているのです 仏教では 「少欲知足」 を説きます 欲を少なくして 足るを知るのです そのためには どうしたらいいでしょうか まずこの無限の欲を 具体的な欲求に落としてみるのです 例えば いくらお金があ…

究極の楽しみを得る道

仏教は 「捨てる道」 を教えます そういうと 「仏教を実践したら、楽しみがなくなってしまう」 と思うかもしれません しかし 仏教の実践とは 楽しみを得るためにあるのです 捨てられずに 執着する人は 苦しみを感じているのです 執着を捨てた人は 究極の楽し…

影が体の後をついてくる

喘ぎながら荷車を引く人と 楽々と荷車を引く人の違いは 執着するかしないか にあるのです 執着が強いと 巨大で重たい荷車を引いているような人生になります 執着が少ない人は 職場や家庭にあっても どこにいても生きる重さを感じる事はないのです 影が体の後…

荷車を引いて生きるような人生

私たちの人生とは 荷車を引いていきているようなものです その荷車とは 仕事や家庭や生きる重さです 同じ重さの荷物であっても 人によって 喘ぎながら荷車を引く人もいれば 楽々と荷車を引く人もいます この違いは 心に執着があるかないかなのです

悟った人は・・・・

悟った人は 全てのものが無常である事を実感して生活します だから 何も貯める事はありません 心に何の不安もありません 食事さえも 体を維持するために必要な量だけに限ります 鳥が空に足跡を残さないように 悟った人の行方にも 足跡はないのです

仏教は得る道ではなく捨てる道を教えます

仏教は 「得る道」 ではなく 「捨てる道」 を教えます 捨てる生き方を歩もうとすると 身も心も軽くなって 楽な気持ちがずっと続きます 「得る道」は、依存を増幅する道です 不自由な道です 「捨てる道」は 自由を獲得する道です

本当に必要であれば手に入る

観念的に 「欲しい」 というのではなく、 自分に本当に必要であれば そのものは簡単に手に入るのです 必要なものは 自分で獲得する能力が備わっているからです 必要で無いものを 「欲しい」 と頑張るから うまくいかないのです 具体的に必要であれば しっか…

今死んでも大丈夫か?

人は必ず死にます そして、いつ死ぬのかわかりません 今日かもしれません 明日かもしれません 「今日、死んでも大丈夫か」 と、いつも念じて暮らしていると 平和な生き方ができるようになります 「今死ぬかもしれない」 と思うと ものを集めたり 人と争う気…

鳥たちは自分の翼だけを持って行く

ものを持たない生き方が素晴らしいのです 何もない事を喜べるのが 理想的な人格なのです ブッダが、比丘たちに言いました 「鳥たちはどこに行くにしても 自分の羽だけを持って行く 何も荷物はない しかし どこにいても完璧である だから 比丘たちも三衣一鉢…

ものがたくさんある人は依存体質

「あれが欲しい、これが欲しい」 「あれが足りない、これが足りない」 という人は 他に依存した生き方になっているのです 必要以上にものがたくさんあるのは 多くを依存して 人格ができていないのです 効果なものを置きたがるのは 依存が強くて気が弱いので…

「荷物」からの解放

ものを捨てるときは いい気分で捨てましょう 「捨てるのはもったいない。申し訳ない」 という気持ちもわかりますが 「解放されたぞ」 という気分で スッキリ捨てましょう

これは本当に必要?

ものが多くて捨てられない人がいます どんなものでも ものは全て、「荷物」だと思いましょう 人間は荷物を集める清掃車みたいなものです 限りなく荷物は増えていきます 衝動的に、 「これが欲しい」 と買ったり集めたりすると ものはどんどんと増えていきま…

小さな怒りも・・・

マッチの火が 木に燃え移り 森に燃え移り やがて山を燃やしてしまうこともあります 小さな怒りの炎でも 燃えて燃えて 限りなく増えていきます たった二人の喧嘩でも 怒りが燃え上がって どんどん広がり 国と国との戦争になることさえあります 国の政治を司る…

怒りは核分裂と同じ増え方をする

ひとたび怒りが起こると 心の中に火が点いて どんどん燃えていきます ある人が 私に対して 何か気にくわないことがあって怒ったとします それに対して私が起これば 相手は 「怒るとは何事か!」 と、怒りを増幅させるでしょう そして 私もまた応酬して怒れば…

心の育て方は子供の育て方と同じ

子供は 何から何まで教えてあげなければいけません 子供が自分勝手にやりたがることは 全部危ないものです だから 丁寧に忍耐強くいろいろなものを教えて まともな大人になるようにしつけをするのです 子供の成長する過程を見ると それが心の成長する過程な…

心は怠け者

心は怠けの塊です 心の衝動 エネルギーは 「貪・瞋・痴」です 精進の反対です 「いかになまけようか」 ということしか 心は考えないのです しかし 怠け心のままでいたら 何も得られません 退化するばかりです 心はそのことを知っているにも関わらず無視する…

無意識の心は汚れている

私たちは、普段、 自分自身に気づいていることは とても少ないのです ほとんどの行為が 無意識のうちに行われています やっていることと考えていることが バラバラです 歩いている時には、 歩いていることに気づいていないで 何か別のことを考えています 食…

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