日蓮仏教の勉強 幸せに生きる為の方法を学ぶ

法華経を中心に仏教の勉強をしています















何もかも失ってしまった自分は運が悪い人間なのでしょうか?





 

【運がいいか、悪いかは考え方ひとつ】

 

家を失った

 

財産を失った

 

家族を失った

 

何もかも無くしてしまった

 

あるいは、自分だけが大損してしまった

 

「なぜ自分がこんな目に合わなきゃいけないんだろう」

 

「なんて運が悪いんだろう」

 

そう思う人はたくさんいるでしょうね

 

でも、考えてみてください

 

命があるということは

 

そこからいつでもスタートできるということなんです

 

それってすごいことじゃないでしょうか

 

運がいいか悪いか、これも考え方ひとつです

 

全部失って裸一貫、ゼロからやり直さなければいけない

 

大変かもしれませんが、逆にこれまでのしがらみがなく、

 

まっさらな状態から始められるのですから、ラッキーという考え方もできます。

 

「これがなければ、ああだったのに」と色々考え、不運を嘆いていても

 

しかたありません。

 

だって考えてもどうにかなるものではないんですから。

 

意味のないことをあれこれ思い悩む

 

そういう煩悩がある限り、人は幸せにはなれません

 

もともと運が悪い人、運がいい人はいないと思いますが、

 

強いて言えば、欲が深い人は運が悪いと言えるでしょう

 

なぜなら、そういう人はいつも

 

「こうなりたい」

 

「こうしたい」

 

という欲望を抱えていますが、世の中は自分の思い通りにはいかない。

 

自分の思いと違う方向に行ってしまうと

 

「損した」

 

「運が悪い」

 

と判断するので、いつまでたっても幸せになれないからです。

 

欲が深いと、自分と人を比較するようになります。

 

いつも損得で物事を考えるので、人より自分が損をしていないか

 

いつも人と自分を比較します

 

それをやっている限り、煩悩から自由になれない

 

つまり、「運がいい」人にはなれません

 

人のことは関係ない

 

そう思えるようにならなければいけません。

 

人がどうこうというよりも、

 

自分がどうかということだけでいいんです。

 

自分の生き方に自分が納得できれば、それでよしとすべきなんです。





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